マーツェから帰って

2011.08.27 Saturday

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 さて、ノルウェー・フィンマルク地方マーツェから帰ってきた。レポートをひとつもせぬままに。レポートのことを気にかけつつも、言葉にすることは手元の日記に残すのさえ精一杯で。あの空気と人と太陽を、文字に並べることは難しいことではないのかもしれないけれど、お土産を消費する様に文字にする気には到底なれなかった、というのは言い訳でもあるのだけど。とにかく、特別な経験を、見たもの触れたものを、たやすく流れ出す情報のようには書けなかった。

 こうやって少し時間を置いて記憶を反芻して、今文字にできそうなことはなんだろう。オルボシュ山の一夜とエオリアンハープの音色、真夜中の太陽の下トナカイの群れと過ごす家族の時間、トナカイと人の永遠のサイクル、真夜中の太陽と向かい合う満月、氷点下の夏の夜、大量の蚊の音色、クラウドベリー摘み、ドゥオッジ(手工芸)の哲学と作り出す手のしわ、マーツェのヨイク、6年ぶりで少し年を取ったみんなの顔。そんな言葉の断片を並べるだけで、後はもうしばらく胸の中で温めておきたくなってしまう。

 見つけたものを言葉にするならば、何より今回はたくさんの人と会って話すことができたことだろう。2003年に初めてマーツェを訪れたのはフィンランドの冬を過ごしていた延長で、太陽のない北極圏の世界が見てみたくなって北へ向かった。それは氷点下40度の全く違った自然を見てみたいという単純な動機だったけれど、8年の間友人を通してサーミ(北欧の先住民族)の事を知った今、私の関心は自然の景観よりも、サーミの人たちが厳しい自然の中でどう生きているのかに変わってきたのだと、今回の滞在を通して改めて自覚した。それは自分の作品のテーマを模索するのと同じペースで変化してきたのだと思う。出会った人たちの言葉に教えてもらったことの全てが詰まっていて、そんな言葉もやはりここで書く気にはなれないし、作品に注ぎ込むべき言葉だと思っている。

 ドゥオッジ、という言葉は、昔トナカイのブーツをプレゼントしてもらったときに教わったサーミ語で、以来おまじないのように気に入っている言葉だ。大阪での生活の中でなんとなくいつもそばにいるトナカイブーツも、友人のようにサーミの心の温かさを伝え続けてくれていたのかもしれない。そういうずっとひっかかってきたことをたぐり寄せるように、人の言葉を聞き、ドゥオッジを探し、サーミの生き方に触れようとした1ヶ月半だった。こうやって集めてきたものを、ひとつのシリーズ作品として完成できるように、今は言葉を手のひらからこぼしてしまわないように大事にしたい。

Abuku Journal

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