Open Abuku Camera

2008.10.23 Thursday

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 大学生のころ、私は写真部員だった。今だって自宅に引き伸ばし機がある。絵画の課題をそっちのけで暗室に入り浸っていた時期もあって、モノクロ写真の永遠の静止のような質感と、光を印画紙に焼き付ける行為に虜になったものだ。平木収先生の写真概論の授業で知ったウジェーヌ・アジェの写真と人にこの上なく影響を受けたのは22歳のころだった。アジェのように写真をあおって撮ってみたくて、先生を通して映像学科の助手さんに無理をいって4x5カメラを借りて校内の風景を撮ってまわったりしていた。思えばその頃のわけのわからない情熱に押し出されるようにして、フランスへPrintemp de Cahorやアルル国際写真祭などのアートフェスティバルを見に行き、写真と美術のオーバージャンルなあり方に大いに刺激された。帰国後、写真と絵画の間にある版画を勉強しようと決心したり、なんとかフランスに移住したいと思ったりしていた。物事の因果は単純ではないけれど、今こうして版画らしきことをしているのは、他ならぬあの頃の写真と美術への情熱が支えになっていることは間違いない。

 なぜフランスか。どうしてアジェの写真にそれほど魅力を感じていたのか。そのあたりは幼い頃から祖父母の家の壁にかかっていた写真に由来していたのだと思う。若くしてフランスで急死した(私の)叔母を追い求めるように、そして祖母の乙女のようなフランスへの憧れから、家の壁には叔母と祖母が取りためた写真がいろいろと飾ってあった。上の写真はその中の一枚である。幼い私はそんな額入りの写真を、別世界を見るような憧れと、何か家族の秘密に触れるような静粛なおもいで眺めていた。そしていつしか、舞台美術を勉強していた叔母に、会ったこともないのに憧れ、なんとなく自分に重ね合わせて彼女の気持ちや生き方を知りたくなっていたのである。

 アジェの残した、パリの街と人へのいとしさにあふれた写真の中に、そんなフランスへのノスタルジーを私は重ね合わせていたのだろう。いなくなった人、その人がいた場所、変わらぬ場所、にもかかわらずすべてが変わっていくこと。もう少し時を止めて眺めていたいという欲求は、絵を描く人にならわかってもらえるかもしれないが、私が写真を撮ったり絵を描いたりする大事な要素になっているのだと思う。

 写真はどんな人のとったものであれ、その人の微量のアイデンティティーを含んでいる。その目でそのシーンを見たことの証なのだから。これからここに掲載する写真のシーンがどんな風に私を作り上げていくのか、未来の私に見せてあげたい。

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