こいさん

2010.06.26 Saturday

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 私の母方のおばあちゃんは、船場のこいさんだった。パーキンソンをわずらって、10年あまり前に食べものをのどに詰まらせて、王子の来ない老いた白雪姫のように亡くなった。もしかすると、竹刀をもったおじいちゃんが迎えにきていたのかもしれないけど。
 母と叔父が祖父母二人を介護しているのを、人ごとのようにも当たり前のようにも眺めながら育った私は、相当なおばあちゃん子だった。いつも用意してくれていたラムネとか宝石箱のアイスクリームなんかを遠慮なく食べながら、おばあちゃんの若かりし頃の自慢話を聞くのが楽しみだった。ふたりで捏造した秘密をわけ合うみたいに。おばあちゃんのかたり口と美的センスはぴかいちで、今でもあの人の審美眼を越える人にはお目にかかっていない、と思っている。はんなりは、おばあちゃんから教えてもらった。
 だから作品を作る時も、どこかでおばあちゃんならどう思うかなと、今でも思ったりする。そのせいか、私の作品は年配の方に気に入ってもらうことが多い気がする。入院していた母の病室仲間が、私の屏風をわーといいながら眺めてくれたことが忘れられない。木版画の懐かしさとか素朴さも理由のうちだと思うけど、たぶん、一番の理由は、返らぬ古きよき大阪を語ったり、病気をわずらったり、娘を若くして亡くしたりした、はかないおばあちゃんの影響なのかもしれない。結核で死にかけた父の影響も大きいだろうけど、幼い頃から死を意識することが当たり前のこととしてそばにあったせいか、作品を見せたいと思う人が、死に向かう人なのかもしれない。死は万人に共通していることなのに、死について考えることが、世間でどことなく避けられていることが、不思議に思ったりする。
 おばあちゃんが住んでいた家に住み始めて8年になる。こいさんの数々の名言の記憶もずいぶんと薄らいできたこの家で、ずっと家族の荷物整理をしてきて、そろそろ片付く時がきそうな気配がしている。

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